2011年01月31日

ホームレスについて一寸だけ考える

さて、昨日に引き続き引越の第二回戦目

もう殆どすっからかんな部屋からとことこ段ボールを出していきます。
ここ中井の街に住んで早いもので8ヶ月。
都心に接していて、それでいてなかなか潤いあるとてもよい街でした。
特に我がアパートは賑わいある公園、それから遊歩道の整備されたカモの遊ぶ川、あと西武線が目の前で、やはり離れがたい感もあるのが事実。
何よりフレンドリーな人が多かったのが一番愛着が沸いた点ですかね。
とてもいいところでした。
早稲田キャンパスにチャリ通圏の物件を探している人がいたら、積極的に薦めてみようと思います。

ちなみにこれから住むプロジェクトハウスもちょっと環境が似ていて、公園も川もすぐ近くにはあるのですが…
ホームレスがいる為か子どもでも中に入ってまでは遊びがたい様な、遊具も揃っていない酷なまでにシンプルな公園だったり、川も1/6の記事で紹介した様な歩道も無く街灯も少ない工業用水路だったりしておりまして…
これからせめて公園は一寸でも変えていけたらいいですね。
後日の記事でこの公園の写真をUPしときます。
是非皆さんのお近くの公園とお比べ下さい。

その後一度荷台を掃除して都心の花屋さんの現場へ。
途中メールを送る用事を思い出し、大学に立ち寄り。
再スタートして新目白通りを東進、飯田橋近くまで来たところでこんなものが。
DVC00031.JPG

小さい文字ですみませんが、「工事の為歩道通行止め。迂回して下さい」・「歩行者が車道を通行すると大変危険です」と仰っております。
自分が歩行者ないし自転車だったら発狂するかもですね。
緑色の鉄柵がありますが、一切工事は行われておりません。
あるのはホームレスのねぐらだけ。
ひょっとすると勝手に歩道を占拠して勝手に看板をでっち上げているのか、それとも何も工事が行われておらず空き地の様になっているこの歩道上に住みついてしまったのか…??
場所が場所なので、ここの住人の方々もあまり気付いていないor問題にしていないのでしょうかね。
でもこうした状態が放置されて良いわけではありません。
判断力の未熟な子供が車道に出てしまったら大惨事になりかねません。
やはりこうした観点からスピーディーな立ち退き命令&行政代執行が行われるべきだと思います。



…なんてね。
早田先生の授業でかじりましたが、そういう考えはとっくに古い様です。
結局クリアランス(排除)したところで、そのホームレスの方は他の場所を求めて彷徨うだけなので、無駄なエネルギー、行政コストがその都度費やされるだけなんですね。
ホームレス支援の市民団体が日常的に炊き出しを行っていて、しばしば立ち退きを巡り行政と対立する様相なんかがTVでかつて流れてましたよね。

ですが近年ではホームレスは地域の問題だけでなく、国策も絡む大きな都市問題として捉えられています。
例えば新宿区なんかだと東京都と連携し、尚且つ市民団体ともプログラムを組んだり話し合いをしながらこの問題を解決していく為の1つの大きな枠組みをつくろうとしています。

ボロが出るので掘り下げませんが、こうしたホームレスの方々に対し、どういう手法を用いれば社会参加へ向けた自発的なモチベーションを引き出す事が出来るのか。

その為に単に収容する為だけのシェルターを作るのではなく、その人が社会の中で世の為・人の為・自分の先々の為に好循環していく為の過程、サイクル(ヒューマン・イノベーション・プログラム)をどうやって作るか。

その為にNPO等の市民サイドと行政が協働して出来る事は何か。
それによりどれだけの社会コストがかかり、どれだけのメリットを享受する事が出来るのか。
如何にしてこのプログラム立ち上げについて市民の支持を得るか。
…難しいですね。

最後の2つの問題に関して言えば、アメリカで「プログラムの為の年間コスト−社会復帰したホームレスの納税額<従前のホームレス対策予算額」の比較が市民の支持を得るっていうのがありましたね。
ホームレス問題に限らず何でもそうかなと思うのですが、何か社会に問題があってそれを放置できないから都度対策を繰り返すのでなく、こうした持続的なサイクルを作って行く事が肝要なんだと思います。

風邪薬を飲む(対症療法)のかその人が健康でいられる環境をつくる(原因療法)のか、みたいな。

ちなみにレポートのネタの使い回しですが、日本でいえば釜が崎(大阪のあいりん地区)の「釜が崎再生フォーラム」では2000年位から革新的なプログラムが確立し、膨らみ続けています。
活動初期はドヤ街の簡易宿泊所を「コレクティブ・ハウス」(自立へ向けた共同住宅)に転用した事例なんかで注目されていたそうです。

近年では自立支援法成立にも絡み、各支援NPOに対する認証・支援を通じた地域総ぐるみのサポート体制構築への政策提言や、市役所との協働でコレクティブ・ハウスを「コレクティブ・タウン」(ドヤ街、寄せ場のまちを地域資源として捉え、まち全体がホームレスを含めた市民同士のつながりを深めてより温かくなっていく…みたいな感じで捉えて下さい)への枠組みへと昇華させる取り組みなんかもしています。
ちょくちょくフォーラムなんかも企画している様なので、いずれぶらっといけたいいかな。

稚拙・未熟もいいとこなのにぐだぐだ生意気ばかり書いてごめんなさい。
すみません。強引にまとめ。


やはり冒頭で書いた様に、地域への愛着はその地域の中での人と人との繋がりの中で育まれていくものなんだと思います。
その過程で人は支え合って成長し、地域も良くなっていくのでしょう。

なんか綺麗事過ぎて自分が嫌になってきました。
なんかふっと思いだしたのだけ書いてもう寝ます。

人は石垣 人は城
 情けは味方 仇は敵

まちづくりの考え方にもつながるのかなと。

posted by ちばきゅー at 22:54| Comment(1) | プロジェクトハウス

2011年01月30日

引越 第1回戦

今日はいよいよ自分の引越
仕事での引越は日常的にこなしてますが、自分の引越ほど楽なものはありません。
お世話になった中井の部屋だけ傷つけないようにして、ボンボントラックに放り投げて行きます。
これを某超大手運送会社の荷扱いの荒さをもじって「○○○方式」というそうです。
どこかは言えませんがね。
たまに依頼もこなすので。
そういや昨日のビックサイトのイベント搬出の時も、ここの人が宝石が入ったハードケースを無理やり台車に山積みしてて、見事段差で派手に床一面ぶちまけてたなぁ。

適当に積めるだけ積んで出発。
引越時の走行ってのは右左折時や発進時は特に気を使うものですが、
自分のだから一切ご容赦なしでOK。
ああ、なんて気が楽なんでしょう。

新しい部屋のレイアウトも十分考えていたので、こちらもスムーズにいきました。
但し、上記の様に油断しすぎた為か、あろうことか2t車1回で詰め切れなかったので明日2回戦目をする事に…
まぁどのみち掃除とかもあるので今日は中井宿泊予定だったから別にいいのです。
はい。

その後、何とかお願いしてお借りさせて頂く事になった駐車場へ初入庫。
本来お貸しする予定はなかったそうですが、コ・ラボの方ならという事でとりあえず暫定的ではありますが極上の駐車場を確保する事が出来ました。
実は新しい部屋から7〜8分の、川を渡った蕨市内の駐車場を借りるつもりでいたのですが、「西川口の方は…うーん、ちょっとねぇ…」等と断られてしまい、かなり困っていたのでした。
正直カルチャーショックに近いものを感じました。
車両がトラックだから…とかで断られるならまだしも、、、うーん…。。。
まぁ恨んじゃあいけません。
西川口のイメージにネガティブな感情を持たれるのもしょうがない現状がある以上、トラブルを恐れるのは当然といえば当然。

ってあれ、ギリっギリまでバックしたのに少しだけはみ出してるかも。
どうしよう。
バンパー前出しなんてやんなきゃよかった。
DVC00030.JPG
見づらくてすみません。
何が格好いいと思ったのか、ほんの10cmだけ前出しをしてあるのです。

そういえば150万近くかけて4t車のごっついバンパーを特注したのに、交換した初日から車両ブースにどうしても入れられなくて、泣く泣くその日のうちに外した人がいましたが…

色々シュミレートした結果
@バンパーを戻す
A後ろのバンパーの方をいじって短くしてみる
B何とか車庫を若干いじらせて頂き、さらに後退出来るようにする
Cカラーコーンとかおいて斜めに入れれば入る様な気も…
D車庫に穴をスロープ状に掘り下げれば入るに違いない
E寧ろPS2の様に縦置きにしてみる。毎回持ち上げる。若干危ないかも。

駄目だ。さっきあんなこと書いたけどやっぱり前出しは譲り難いです。
とりあえずCかな。
だめだったらAにしてみます。

いい知恵があれば教えて下さい。


posted by ちばきゅー at 20:51| Comment(0) | プロジェクトハウス

2011年01月29日

引越準備

今日は引越の準備
年末にかなり不用品を処分したので、思ったよりは順調に進みました。

しかしありがちな話ですが、久々に目にする本とか写真とか年賀状とか…
ついつい見ちゃいます。
特にマンガ。
男塾とかカイジとかナニワ金融道とか
高校の頃まさに手に汗握って(もう死語かな)読んでましたね。
基本的になるべく西川口には持っていかずに処分するつもりでしたが、
マンガとて自分の生き方、考え方の形成に大きく影響した作品は
やはり持って行くことにしました。

他のマンガもなかなか捨てがたく、
かつて勤めていた吉祥寺の運送会社の車庫に「よければご自由にどうぞ」って感じにして
なるべくゴミにならないようにしました。

引っ越すと、ここもなかなか寄れなくなるのかな。
来年度からはもっとコ・ラボも急がくなるし。

本来ダメ人間だった私が「少しはマシな人間」になったのは、この運送会社で叩き直されたところが大きいかなと最近強く感じます。
ここは今日久々にふと読んでしまった男塾そのものみたいなところだったので(わからない方ごめんなさい)、それはそれは大変な職場でしたが、今となっては掛け替えの無いものをいっぱい得る事が出来ました。

吹雪の蔵王近くの峠でチェーンが切れたりとか、
いきなり4tロング乗らされて首都高とか

毎日ろくに家にも帰れず岐阜の工場へ配送に行ってた時期とか
毎朝2時起きで築地市場に駆け込んでた頃とか…
勤めてた頃は本当に何度も死にかけました。

今こうして会社の机に座って色々話をしていると色々思い出話に花が咲きます
実に濃い日常でした。
今でのコ・ラボの活動にも活かしていかなきゃなと改めて思いました。


これからその会社の忘年会に遅れて参加
今電話で煽られました
最近ずっとあってない先輩方ばっかなので早くいかなきゃ。
よってきょうはここまで
すみません
posted by ちばきゅー at 21:14| Comment(0) | プロジェクトハウス